シンガポール総選挙 野党が独立以来の最多議席(2011.5.7)
(「マレーシア世界の窓」のコーナーでは、マレーシアとそれを取り巻く世界の成り立ち・かたち・動きをJAMS会員が解説します。会員の投稿を歓迎します。)

 シンガポールの初代首相を務めたリー・クアンユー顧問相(87)と、第2代首相のゴー・チョクトン上級相(69)は14日、共同声明を発表、そろって閣僚を辞任すると表明した。先の総選挙結果を受け、第3代首相で顧問相長男のリー・シェンロン首相(59)が率いる内閣の世代交代が必要と決断した。2人は議員職にはとどまる。
 リー顧問相は1965年の建国から90年まで初代首相、その後は上級相、顧問相として「シンガポールの繁栄」を主導した。建国の父であるリー顧問相が閣外に去ることで、同国は新たな時代へ移ることになる。
 7日実施の今回選挙で与党・人民行動党(PAP)は、議会定数87のうち82議席で野党の挑戦を受け、無投票当選5議席を含む81議席を獲得し、長期政権を維持した。しかし得票率は過去最低の60.1%に低落し、ジョージ・ヨー外相を含む現職閣僚2人が落選した。(時事ドットコム 2011/05/14-22:49)

「歴史的転換点」となる2011年5月シンガポール総選挙(田村慶子)

2011年5月7日に投票が行われたシンガポール総選挙は、シンガポール政治史において「歴史的転換点」と位置づけられるだろう。与党人民行動党は81議席(定数87議席)を獲得して国会の圧倒的多数は依然維持しているものの、得票率は60.1%と過去最低であった。野党は、これまでの最高の6議席を獲得し、そのうちの5議席は1988年に導入されたグループ選挙区であったからである。

グループ選挙区とは、数人が1つのチームをつくって立候補し、有権者は個人ではなくそのチームに投票するという制度である。1つのチームの中には必ずマイノリティのマレー系やインド系を入れなければならない。これによって圧倒的に華人に偏りがちであった国会議員の民族比率をより人口比に近づけることが、グループ選挙区導入の目的とされた。だが、それは政府与党の「口実」であり、この制度は野党に著しく不利である。なぜなら、ただでさえ人材に乏しい野党に複数の候補者を揃えさせ、多額の選挙供託金を払わせるという大変な労苦を強いるからである。制度が出来たときには3人チームがあったが、選挙の度に1チームの人数は多くなり、今回の選挙では4人チームが2つ、あとは5人と6人チームばかりとなった。さらに、グループ選挙区増大によって、小選挙区(1人区)のうち野党優位の選挙区が真っ先に統合もしくは分割されてきた。与党の支持率が80年代以降60%強であっても議席のほとんどを獲得できるのは、このような有利な選挙区制度ゆえであった。

だが、今回はアルジュニドというグループ選挙区(5人チーム)で、与党チームには現職の大臣が2人も入っていたにもかかわらず、野党の労働者党が勝利した。労働者党は、12ある小選挙区でも1人の当選者を出した。

なぜ与党人民行動党は得票率を大きく下げたのか。それは労働者党が、これまでの与党批判に終始する強い対決姿勢ではなく、国民とくに低所得層の強い不満(高い生活コストと、政府与党の強引な外国人労働者優遇政策によって職を追われる、失業保険などの社会福祉がほとんど整備されていないことなど)を丁寧に代弁し、与党に政策論争を挑んだからである。さらに、今回の野党の候補者には、これまでなら与党から立候補したであろう高学歴の専門職従事者や元政府官僚も含まれていた。野党メンバーとしてシンガポール政治や社会を変えていこうという有為の人材が、多数出てきたのである。また、忘れてはならないのは、2008年にマレーシアで与党が連邦議会選挙で議席を大きく減らしたこと、2009年には日本の総選挙で野党民主党が圧勝したことである。シンガポール国民は「野党が勝ったり、大躍進をしても、社会が混乱することはない」という確信を得て、これが野党への投票につながった。日本の総選挙直後に、「日本で政権交代が起きたのはすごい。シンガポールにとって大きな影響を持つ」と、シンガポールの友人が興奮気味に話していたのを思い出す。

選挙結果を受けて政府与党は、閣僚メンバーからリー・クアンユー初代首相を外すという人事を行った。独立以来90年まで首相の職にあり、その後も上級相、顧問相として内閣に留まり続け、絶大な権力を行使してきたリーがそれを認めたということは、まさに「ポスト・リー時代」の始まりである。この「ポスト・リー時代」においては、政府与党の若手指導者は、「上からの民主化」を徐々に行なわざるを得ないだろう。言論の自由化がどのようにそしてどこまで進むのか、治安維持法を廃止するのか、が当面の焦点となるだろう。

ただ、国民の多くはまだ政権交代は望んでいない。野党の統治能力に不安があるからである。しかし、当選した6人の労働者党議員の活動や、わずかな差で落選した他の野党候補者のこれからの活動如何によって、また、与党が「上からの民主化」に躊躇し続ければ、国民が政権交代を選ぶ日は予想よりも早く訪れるかもしれない。

■2011.5.24 田村慶子(北九州市立大学)

日本マレーシア学会(JAMS)