日本マレーシア学会(JAMS)の運営方針(2024-2025年度)

 日本マレーシア学会は、その前身である日本マレーシア研究会の時代を含め、1992年に設立されました。その頃マレーシアは、多民族・多宗教・多言語から成る熱帯の開発途上国として日本と大きく異なる社会として位置づけられ、その違いや特殊性に注目が集まり、日本では見られないことがらを発見すること、あるいは日本が先進国としてどのように開発支援や政策提言ができるかといった関心を主たる研究動機とする研究が多く見られたように思います。

 しかし21世紀に入り、マレーシアは急速な経済発展を遂げ、都市インフラや住環境、保健衛生などの分野において日本と共通する社会課題が数多く見られるようになってきました。同時に、日本国内でも多民族・多言語・多宗教がより身近な問題として顕在化しつつあり、かつて日本とはかけ離れた特殊な事例と捉えられていたマレーシアの社会構造や経験は、むしろ現代の日本、そしてこれからの世界が直面する課題に先駆けて取り組んできた先行事例であるという見方も成り立つように感じられます。

 このような状況の変化を受けて、私たちはマレーシア研究の意義を再確認して、単にその特殊性を探るのではなく、そこに潜む普遍性にも目を向け、グローバルな視点から日本や他地域と共有可能な知見を見出すという新たな姿勢が求められています。そのためには、肩書や所属にかかわらず多様な立場や経験を持つ人たちが集い、情報を共有し、意見を交換できるような場の形成が何よりも重要です。

 マレーシア研究の特性として、マレーシア社会の多言語性により、これまで調査・研究はしばしば言語別(ひいては民族別・地域別)に行われ、研究対象もコミュニティごとに分かれがちでした。そのため、マレーシア全体を横断的に捉える視点が十分に育ってこなかった面も否めません。また、マレーシア国内の政治社会的状況においても、既存の主流コミュニティに属さない周縁的な存在への関心が相対的に低く、そうした人々を対象とした研究の蓄積も限られていました。

 本学会は、研究対象の多様化と研究参加者の広がりを積極的に推進してきました。研究大会のシンポジウムや会誌『マレーシア研究』の特集からもうかがえるように、これまで研究蓄積の多かった半島部のマレー人や華人の研究をさらに発展させるのみならず、インド系、先住諸族、サバ・サラワク地域、そして国外からマレーシアに移動してきた人々に関する研究も積極的に取り入れてきました。最近ではこれらのテーマに取り組む研究者も着実に増えてきています。

 また、学術界に限らず、多様な経験を持つ会員の存在も学会の議論に厚みを加えています。特に注目すべきは、マレーシア出身で日本に在住する研究者や学生の参加が増えていることで、このためにより多様な研究発表・ディスカッションの機会が増えています。従来は海外ゲストによる英語発表が限られた機会に行われていましたが、オンライン会議の普及により、言語の壁を越えて、マレーシアを含む東南アジア諸国、さらには他地域の研究者との交流も広がりつつあります。この流れがさらに発展することを強く期待しています。

 このような本学会の運営にあたっては、マレーシア社会のあり方から学べる多くの知恵を、可能な限り実務にも活かしていきたいと考えてきました。私自身がマレーシア社会について個人的に強く関心を持っているのは、異なる背景や価値観を持つ人々が、どのようにしてともに社会を築いているのかという点です。

 そのための知恵や技術にはさまざまなものがありますが、私が特に注目しているのは、ルールを決めるための手続きをあらかじめ定めて、その手続きに基づいて決められたルールには誰もが縛られるという考え方です。このようにして決められたルールの範囲内では担当者が自己判断で物事を進めることができ、しかし範囲を超えることがらについては自己判断は認めずに関係者の間で相談した上でルールを決めて対応するという考え方です。

 この仕組みによって、誰もが手続きに従って意見を表明する機会を持つという公平性を確保し、その一方で権限のある担当者が即応的に行動できるという柔軟性も保たれるという、バランスの取れた社会運営が実現されていると感じます。私はこれまで本学会の運営に関わる中でもこの考え方を意識し、可能な限り実践してきました。これは、マレーシア研究者としての立場を学会運営の中で実践する一つのかたちであると考えています。

 このように学会活動の多様化・活性化が進む一方で、運営面では従来の枠組みの見直しと改善が必要な時期を迎えています。かつて本学会は、運営委員会体制のもと、運営委員の個人的な努力と持ち出しにより、限られた予算の中でも高水準の活動を維持してきました。これまで運営に携わって多大なご尽力をくださった方々に、心より感謝申し上げます。

 理事会体制になったことで、今後は、誰が運営を担っても個人に過度な負担がかかることなく持続可能で安定した学会運営を実現するため、事務作業の業務委託などの仕組みを導入し始めています。また、研究成果を含む学会活動の対外的な発信を強化するため、研究大会・例会のオンライン化、学会誌の査読のあり方の見直し、学会誌のJ-STAGEでの公開、学会ウェブサイトのスマートフォン対応など、時代に即した改善に取り組むべき課題がいくつもあります。

 こうした取り組みを継続し、より質の高い、かつ開かれた学会を維持・発展させるためには、財政基盤の見直しも不可避です。会員のみなさまには、学会の将来と質の高い活動を維持するため、運営方針の趣旨をご理解いただき、引き続きご協力を賜りますようお願い申し上げます。

会長 山本博之

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